「イッツ・ジャズ」レーベル

----- スイングジャーナル2004年9月号より -----
名盤蒐集倶楽部告知記事

ジュニア・マンス・トリオ伝説のライブ、
20年の歳月を経て初アルバム化!

山中湖の「JAZZ INN 3361*BLACK」は、デューク・ジョーダンの
名ライブ盤でも知られるように優れた音空間としても注目されてきたが、
オープン翌年の1984年にベータHiFiで収録されていたジュニア・マンス・トリオの
伝説的ライブが、ついに2枚のCDとして陽の目を見ることになった。
一心同体となったトリオの驚異的パフォーマンスと生々しい臨場感が、
20年の歳月を経ていま眼前に甦る!

ジュニア・マンスの評価を一変させる伝説のライブ音源
 もっともブルージーなピアニストは誰かと問われれば、ジュニア・マンスと答える。ほかにも、ボ
ビー・ティモンズやレイ・ブライアントなど、「いかにも」なピアニストはいるけれど、そしてもち
ろん彼らの演奏は素晴らしいけれど、そこに何の作為もなく、それでいて音楽からブルースがにじみ
出ているピアニストと言えば、僕はマンスをいの一番に連想してしまうのだ。
 しかしその作為のなさゆえに、彼の美点はわかりにくい、ということも言えるかもしれない。つま
り、マンスのブルース・フィーリングはあまりにも自然なので、うっかりするとその味わいを聴き逃
してしまいかねない、あるいはよほどジャズを聴きこんだ人でないとその微妙な味わいの本質を理解
できにくいということが、あるのではないか。
 これは以前別のところでも書いたことだが、たとえば美術館で見る本物の絵というのは、美術全集
などに印刷されたそれにくらべるとずっと地味なものだ。だから、最初は肩すかしを食うことが間々
ある。けれど、そこに含まれている情報量は、どちらが多いかと言えば、これはもう自明の理だろ
う。所詮印刷は印刷。細やかなニュアンスが100パーセントそこに再現できるわけがないのだ。マン
スのブルース・フィーリングも同様。逆説的ではあるが、それは本物であるからこそ、パッと聴いて
すぐに「おお、これぞブルース!」と納得するのは、意外にむずかしいような気がするのである。
 そういう意味でこのピアニストは、長いあいだ(もしかすると現在も?)不当に低く評価されてき
たと僕は思うのだけれど、しかしそんな評価を一変させる、つまりマンスの持ち味が非常に平易に、
しかも高い品質を保ったまま味わえるアルバムが登場した。それが『ザ・ファースト / ジュニア・マ
ンス・トリオ・ライブ・アット・3361*BLACK』『ザ・セカンド / 同上』だ。
 この音源は、今から20年前の1984年、山中湖のジャズ・ペンション「Jazz Inn 3361*BLACK」
で録音されたもので、もともとは販売用ではなく、ペンションの利用客に楽しんでもらうために収録
された映像だった。しかし、どこまでもクオリティにこだわるペンションのオーナー、伊藤秀治氏
は、たとえ販売用ではなくとも出来る限り最高の品質を求めた。そのため、ビデオ業界では当時すで
にVHSが優勢であったにもかかわらず、ここでは画質・音質で圧倒的に勝っていたベータがチョイス
された。以下は伊藤氏自身のライナーから。
「こうしてベータHi-Fiビデオ収録されたコンサートは、何年間かは“Jazz Inn 3361*BLACK”の
お客様たちと共に、時折、観て楽しんでいた。そしてここ10数年、観ることもなくなっていたのだ
が、今年に入って、何を思ったのか、突然、ビデオ・テープを引っぱり出して観てみた。と言うより
聴いてみた。テレビ・モニターをつけずに、音だけを流してみたのだ。メンバーやオーディエンスの
ざわめきの後、おもむろに現れたこの音・・・。ヤッター!という気分で、10小節目ぐらいで、CD化
を決意していた」
 では、伊藤氏に10小節でCD化を決意させたその音楽とは、いったいどういうものか。
 僕は先ほど「マンスの美点はわかりにくい」と書いたけれど、これはもちろん彼の音楽が難解だと
いうことではない。それどころか、この人ほどオーソドックスにジャズを鳴らすピアニストは、そう
はいないのではないか。だが、そのオーソドックスなスタイルゆえに、彼の音楽には「とっかかり」
というものが見つけにくいのも事実である。快適なスイングで、聴いているあいだは満足を与えてく
れるのだが、聴き終わって何が良かったのかを改めて考えてみると、漠然とした印象しか口を出てこ
ない。よく、「本当に旨い日本酒は限りなく水に近い」と言われるけれど、マンスのピアノにもそう
いう趣がある。
 ところが、ここに聴かれる演奏には、マンスらしからぬ(?)「とっかかり」があるのだ。それは別
の言い方をすると、エンタテインメントかもしれないし、演奏に施された創意工夫かもしれない。い
ずれにせよその音楽は、聴き手が何の関心も持たずにその前を通り過ぎてゆくことを、かんたんには
許さない。

「3361*BLACK」に集まったファンがこの名盤を作り出した
 そういう感じは、ライブのオープニング「グライディン・アンド・ストライディン」からすでに明
らかだ(ちなみにこの2枚のCDの曲順は、ライブそのままになっている。『ザ・ファースト』は第1
部、『ザ・セカンド』は第2部の演奏が、ほぼ丸ごと、何の手も加えずに収められているのだ)。コ
クのあるイントロと、三者の息がピタリと合ったテーマのキメ。全盛期のオスカー・ピーターソン・
トリオもかくや、と言いたいくらいのコンビネーションとスイング感である。とりわけ素晴らしいの
がマーティン・リベラのサポート、そしてレスポンス。どこまでがあらかじめ決められた仕掛けで、
どこまでが純粋なインタープレイなのか判然としないほど、マンスの出す音に反応し、時には触発し
ているのだ。当時リベラとマンスは、デュオでも盛んに活動をおこなっていたということだが、これ
を聴くと、さもありなんと強く納得してしまう。
 続く「A列車」はいささか悪ノリ気味の超アップ・テンポで、これも一般 に抱かれるマンスの「い
ぶし銀」的イメージとは、ずいぶんかけ離れている。何よりも僕が驚いたのは、この人の意外なテク
ニシャンぶり。どちらかと言うと、技術よりも音楽を前面に出すといった印象の強いマンスだが---。
そして実際に彼のジャズ観とはそういうものだと思うが---。その気になればこんな花火も打ち上げら
れる、そんなプロフェッショナルの底力をうかがわせる演奏である。
 だが、マンスというピアニストの真髄を聴きたいのであれば、何と言っても3曲目「ジョージア・
オン・マイ・マインド」にとどめをさす。強烈にブルージーでありながら、それが少しも下品になら
ず、むしろ清潔感さえ漂わせる演奏。これこそが、マンス最大の美点だと僕は思う。CDで聴いてこれ
だけしびれるのだから、もし会場にいたら涙ちょちょぎれまくりだったに違いない。
 この調子で1曲ずつ書いていったら紙幅がいくらあっても足りないのでもうやめるが、ただ全体と
して『ザ・ファースト』が比較的かっちりとしている、と言うか「さあ、これからやるぞ」という気
概が感じられるのに対し、『ザ・セカンド』のほうはリラックスした演奏になっているということは
言っておいてよいかもしれない。「興の乗るままに」と書いて、垂れ流しの演奏を連想されると困る
のだが、聴衆とおなじくらいミュージシャンも楽しんでいる、そんな雰囲気が『ザ・セカンド』から
はより強く伝わってくるのだ。その中でも特に個人的に気に入っているのは、暗い叙情がマンスのブ
ルース・フィールと美しくリンクした「アイ・ドント・ケア」。また、アフロ・リズムの「ファン
キー・カーニバル」を経て、ジャズ・ロックの「ミーン・オールド・フリスコ・ブルース」でエン
ディングする流れも、いかにもライブっぽくて気持ちが高揚する。
 もちろん『ザ・ファースト』と『ザ・セカンド』のあいだには、そういう微妙な「気分」の違いは
あっても、優劣はない。これらはあくまでも2枚セットで聴かれるべき作品なのである。
 それにしても、この時のマンスはなぜこのような特別な演奏をすることができたのか。それはひと
えに、「3361*BLACK」という空間に集まった聴衆の賜物だと、僕は思う。海外からやってきた
ジャズマンに対する正当なリスペクトと、そのリスペクトが過剰な緊張に陥らない和やかな雰囲気。
聴き手は、ミュージシャンたちの出す音を1音たりとも聴き逃すまいと集中していて、だからこそ絶
妙のタイミングで演奏のツボに反応し、気持ちよいかけ声や拍手を送る。ようするにここにいる人々
は、本当にジュニア・マンスの演奏を聴きたくて、ここにいるのだ。そして、そういう思いは、まち
がいなく演奏する側にも伝わる。だからこれは、1984年10月7日、山中湖の「3361*BLACK」に集
まったファンが作った名盤とも言えるだろう。
                                       (藤本史昭)




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