----- スイングジャーナル2003年11月号より -----


Swing Journal選定【名盤蒐集倶楽部】第2期 第44弾

実に上質なくつろぎの音楽なのではないだろうか
 開口一番ドラの音がボォーン、続いて聴き慣れた富樫のタムの音、こりゃ完璧
に富樫ズ・ワールド、富樫の間(ま)である。だいじょうぶか、デューク・
ジョーダン?
 これはもう笑ってしまうほどのミスマッチ。ビバップの正統を今に伝える
デューク・ジョーダンと当時孤高のフリー・ジャズ世界を築いていた富樫との共
演である。3361*BLACKのオーナー〜プロデューサー、伊藤秀治氏の大胆なひ
らめきによって実現したこの顔合わせは、この両者にとっても相当のとまどいを
おぼえさせるものであったことは間違いないだろう。もっとも、ジャズは出会い
の音楽。ミスマッチであるからいいとか、あるいはよくないとかは、まったく言
えないものである。要はそこで出来上がった音楽次第。そして、さらに伊藤プロ
デューサーから提案されたアイデアは、ジョーダンのピアノのミディアムからス
ローにかけての美しさをいかしたバラード・アルバムにしたいということだっ
た。はたしてその結果、出来上がった音楽は?
 冒頭の“ボォーン”に続いて登場してくるジョーダンのピアノ、普段とはいく
らか勝手が違うというのはありありではある。息の合い方に双方とも互いの動き
をうかがいながら、そんな気配である。聴きようによってはまことに水と油、本
来出会うはずのないふたりが異次元空間をワープした末になぜか出会ってしまっ
た。そんな空気すら感じる。
 しかし、この奇妙なる邂逅、曲を聴き進むうちに、こちらまで不思議な面 持ち
になってくる。ここにいるのはたしかにあのデューク・ジョーダンと、あの富樫
雅彦。それは間違いない。それでもここにある音楽は、たんにデューク・ジョー
ダン+富樫雅彦ではない、なにか、より異質なものだ。どちらがどちらに寄り
添っているというわけでもない。ふたりがまったく別個にジャズしているという
のでもない。そこがとてもおもしろいと思う。
 いってみれば、この音楽は、実に上質なくつろぎの音楽なのではないだろう
か。本来であれば、おたがいの普段の居場所とは違うところにおかれた状況ゆ
え、音の上にかなりの緊張感があっていい。しかし、そうした、あまり次元の高
いとは言えない緊張感というものはこのアルバムにはほとんど見あたらない。目
をつむり、お互いの音に耳を傾けながら、演奏するふたりの様子が伝わってくる
のみである。くつろぎの音楽、そのひとつの証拠として、このアルバム、一度通
して聴いて、そのままもうひとまわりすることができるのである。くつろぎのな
い音楽にはそれはできない。そしてまた、あまり高級ではないくつろぎだけで出
来上がった音楽でもやはり同じようにそれはできない。チャーミングこのうえな
い名曲(5)での、喜々とした手さばきのジョーダンに、こざっぱりとした絶妙のブ
ラシで応える富樫、途中からスティックに持ち替え軽妙にスイング、いやなかな
か聴かせてくれる。最後になってしまったが、この両者を文字通りベースからサ
ポートした井野もさわやかな好演。
                                (土倉明)


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