「イッツ・ジャズ」レーベル

 

----- スイングジャーナル2003年9月号より---------------

 

マチュリティ・シリーズの完結編


 5ヶ月にわたってリリースされたマル・ウォルドロンの「マチュリティ・シリーズ」
最終作は、97年に同名タイトルでリリースされたソロ・ピアノ・アルバム。かつては
マルのソロといえば「暗くて重い」と相場がきまっていたが、しかしここにきかれる
音楽は、そういうイメージとはかなり異なる、まるで雨後に射す陽の光のような明る
さをもっている。とはいえ、彼の演奏のスタイルががらりと変わっているわけではな
い。主に中音より下の音域を使って弾かれる、起伏の少ない独特のフレーズ、響きは、
まごうことなきマルのものだ。にもかかわらず、そこから立ちあらわれる音楽は
-----少しもはしゃいでいないけれど-----どれもほのかな幸福に満ちている。ここ
には「一人とり残されて」「いつも一人」という“孤独”を売り物にした、情念のピ
アニストの影はほとんど見あたらない。そういえばマルは、93年か94年に来日した
とき、「現在の私は家族に囲まれ幸せなので、<レフト・アローン>を弾くことはで
きない」といった声明文を出したことがあったが、あのあたりから、この人の内面 と
音楽には変化があらわれはじめていたのかもしれない。
 それにしても、一見稚拙にさえ聴こえるこのピアノが、この音楽が、なぜこんなに
も人の心を捉えるのか。少なくとも「重くて暗い」からだけではないことは本作で証
明されたけれど、それでも僕にとってはモンク以上の「謎」だ。
                                (藤本史昭)

 

 

名盤『オール・アローン』に次ぐ出来映えのソロ・ピアノ作


 伊藤秀治氏の主宰する“3361*BLACK”から5か月連続して出されていた、マル
のマチュリティ・シリーズもこのソロ作で打ち止めとなった。彼の思索的な表情の
アップ写真が、カバーに印象的に使われているこのシリーズ、毎回伊藤氏のマルに寄
せた真情溢れるエッセイも楽しみで、2人の交遊・交情の深さに感心させられること
もしばしば。さてそのソロ作だが、96年の夏に小淵沢にあるホールで録音されたもの
で、ラストの<リメンバー>は、そこでのライブのようだ。97年の終わりに本邦発売
され、その時のタイトルが『マチュリティ』。彼の円熟振り(マチュリティ)が良く
うかがえる好ソロ作として、高く評価されたが、それだけに伊藤氏にとっても愛着深い
ものだったはずで、今回のシリーズ名として、真っ先にこの言葉が思い浮かんだに違い
ない。ところで、マルのピアノは、いい意味で大いなるマンネリでもあるのだが、ここ
での穏やかなプレイが伝えるものは、温かみがあり深い。そして何よりも、気持ちが和
み心地良い。コアなジャズ・ファンにとっても、結構ある種のヒーリング効果 もありそ
うだ。晩年の彼は概ね落ち着いた、恬淡の心境にあったようで、その平穏な喜びがスト
レートに聞くものに伝わってくる。スタンダード中心(バラード)の選曲だが、自作の
Iでのナレーションもいい。内省的演奏の名盤『オール・アローン』とは好対照ながら、
それに次ぐものと言える。
                                 (小西啓一)

 

 

 


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