「サ・バ」レーベル

 

----- スイングジャーナル2002年10月号より---------------


 ### 早すぎた名作がいま正当な評価を得て甦る ### 
  かつてカエターノ・ベローゾのバンドに加わってい
 たジャスキ・モレレンバウム(しばらく前、モレレン
 バウムは坂本龍一とも共演していた)の、まるで濃密
 な液体のように聴く者を包み込む、透き通るように美
 しすぎるチェロの音を聴き、チェロの持つ音の魅力に
 あらためてとりつかれていた僕ではある。しかし残念
 ながらこのチェロという楽器ほどジャズとは縁の薄い
 楽器もまたない。それでも同じ弦楽器であるバイオリ
 ンと比べ当然音域も低く、それだけにバイオリンが時
 折見せる、エキセントリックとでもいえそうな激情性
 とは対照的に、チェロという楽器が本質的に持ってい
 る穏やかな表情は、ある種のジャズのなかでは絶対に
 魅力のある楽器として存在することができるはず、と
 思っていた。
  そして、このアルバムである。山中湖畔のジャズ・
 カンパニー、3361*BLACKの新レーベルとして新た
 に立ち上がったサバ・レーベルのセカンド・アルバム
 として登場するものである。録音の制作現場をパリに
 おき、もっぱら粋でしゃれた感覚のサウンドを目指そ
 うというこのレーベルらしく、3本のチェロ、それに
 ベース、ピアノという、まるでクラシックの変形室内
 楽クインテットのような編成。チェロが3本というこ
 とからも想像がつくようにここではそれぞれのソロと
 いうよりも、あくまでアンサンブルでのチェロの音の
 美しさを堪能しようということのようだ。レパートリ
 ーはジャズ・スタンダード中心、それでもオープニン
 グの(1)のように鋭い切り込みをみせるモダンなアレン
 ジのものから、(4)のようなオールド・ファッションな
 感覚に溢れたもの、あるいは(8)のようなスロー・バラー
 ドでストリング・セクションならではの“癒し効果”を
 みせるものなどなど、それぞれに意匠が施されている。
  ここで、このアルバムの核ともなっているピアニスト、
 ニルス・ラン・ドーキーにもふれなくてはならない。
 そもそもこのアルバムは、同レーベルのプロデューサ
 ー、伊藤秀治氏がドーキーに話を持ちかけたところか
 らスタートしているというが、チェロの中低音アンサ
 ンブルとドーキーのすばしこいフィンガリング、この
 両者のくっきりとしたコントラストがこのアルバムの
 大きな聴きどころとなっている。そして、ここでひと
 つ強調しておきたいのが、このグループの土台を支え
 ているエレーヌ・ラバリエールという女性ベーシスト
 だ。僕にはあまりなじみのない名前であるが、全体の
 響きの良さを考えてスタジオではなくあえてコンサー
 ト・ホールでの録音を行ったというシチュエーショ
 ンのなかでも、その豊かな音色、確かな音程、骨格の
 太いフレーズは実に魅力ある。
  このアルバム、今回は《名盤蒐集クラブ》に選定さ
 れていることからもおわかりのように、録音そのもの
 はもういまから10年ほど前のものである。しかし、そ
 れにしてもこの音は実に今っぽい。チェロ・アンサン
 ブルというおしゃれでヨーロピアンなサウンド、前途
 の“癒し効果”、それらモロモロを思うと、このアル
 バム、当時は早く来すぎた作品、そういう言い方も許
 される、そんな気がするのである。 (土倉 明)

 


 ### 時代を先取りしたここでしかきけない唯一無二のジャズ ### 
  このアルバムが最初にリリースされたのは1993年。
 10年という歳月が長いか短いかは意見のわかれるとこ
 ろだろうが、いずれにせよそのころはまだ、新しい形
 態のジャズに対するファンの態度は、今ほど寛容では
 なかった気がする。さすがに「4ビートではないから
 ジャズではない」というような人はほとんど見かけな
 くなっていたけれど、たとえはクラシックの楽曲に材
 を取ったり、そうではなくても編成がクラシック的だ
 ったりすると、たいていそのジャズは色物扱いされた。
 プレビューで杉田宏樹氏は、当時チェロ・アコーステ
 ィックスが注目されなかったのは、ニルス・ラン・ド
 ーキーの露出度が低かったからでは、と推測されてい
 るが、しかし僕は、たとえニルスの名が全面 に出てい
 たとしても、このユニットは敬遠されたのではないか
 と思う。それほどチェロという楽器は、そしてそのチ
 ェロが3挺でアンサンブルの中核を担うという編成
 は、ジャズにとって異質だったのだ。だが、よりよい
 表現の追求にルールはないことは、改めていうまでも
 ない。もしこの作品が、編成が異質という理由だけで
 排除されるとすれば、それはジャズ・ファンという人
 種の感性の貧しさ、度量 の狭さを示す愚行以外のなに
 ものでもないだろう。
  とはいうものの本作が、我々がきき慣れた、あるい
 は一般 にイメージされる“ジャズ”とは趣を異にする
 のは事実である。それは、ここどえの演奏が既成のジャ
 ズの形を大きく逸脱している、という意味ではない
 (逸脱したものは、そう割り切れるぶん、かえって受
 け入れやすい。)むしろ既成の形は形としてそこなわず、
 そこにまったく新しい要素---すなわちチェロのアン
 サンブル---を付加しているからこそ、この音楽はき
 き手に新鮮な驚きをもたらすのだ。演奏のイニシアチ
 ブを握るのは、もちろんニルス。サウンド・コンセプ
 トを考慮して幾分控えめではあるものの、持ち味であ
 るエッジの効いたリズムとスピード感、美しいタッチ
 とメロディックなアドリブで、音楽の基本ラインを作
 っていく。それをベースが支えるところまでは、従来
 のジャズにもよくみられる形だが、そこにチェロ。ア
 ンサンブルを絡めるという発想は、おそらくジャズ史
 上誰ももたなかったものだ。旋律楽器としてのチェロ
 の特性---豊かな音色でメロディを朗々と歌い上げる
 という特性のみならず、ハーモニーを短い音符でアグ
 レッシブにならしたり、ピチカートでテーマを奏した
 りと、この楽器のもつ能力と可能性を存分に駆使しな
 がら、各人の旋律線が複雑に交差して音楽が進んでい
 く様は、さながらクラシックの室内楽のよう。ただク
 ラシックと違うのは、当然ながらそこに即興の要素が
 たっぷりと盛り込まれていること。比較的抑制された
 雰囲気で音楽が進行する中、しかし時折音がぶつかり
 合い火花を散らす瞬間のスリルは、本作がまごうこと
 なき“ジャズ”であることの証左となるだろう。
  甘やかな香りの中に斬新なハーモニーをそっとひそ
 ませたスタンダードも、モードやファンクを新しい感覚
 で処理したオリジナルも、いずれもここでしかきけな
 い唯一無二のジャズ。未体験の方は、ぜひ! (藤本史昭)

 


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