----- スイングジャーナル2003年11月号より -----

ジョーダンの魅力をとことん引き出した素晴らしい1枚
 マイルス・デイビスの自伝を読む限り、彼はチャリー・パーカー・クインテッ
ト時代の同僚デューク・ジョーダンのプレイについて、あまり良い印象を持って
いなかったようだ。でもそれは結局、テンションとスピード感を重視するビバッ
プというイディオムの中で実力を発揮するという面 での才能をジョーダンが持ち
合わせていなかったということを言っているわけで、ジョーダン本来の資質はま
た別のところにある。それをじっくりマイ・ペースで磨き上げていった彼は、50
年代中ごろまでに独特の魅力を持つ“名ピアニスト”へと成長を遂げていった。
 天才的閃きといったものには縁がなく、テクニックを前面に出すタイプでもな
く、フレイジングにさほど強烈な個性を持っているわけでもないジョーダンが多
くのリスナーを、特に日本のリスナーを惹きつけてやまないのは、ハード・バッ
プ期に確立された彼のスタイル、すなわち、どこにも無理のない、自然体のプレ
イから滲み出る“行間の余韻”と風格、そしてメランコリーといった要素であ
り、80年代以降は、彼のそんな資質を前面に出すべく日本独自の企画でアルバム
が多数制作されるようになっていったわけだが、中でもこの3361*BLACK盤
は、そんなジョーダンの魅力をとことん引き出した素晴らしい1枚と言える。
 彼本来の資質は、ゆったりとしたフォー・ビートやスロウ・バラードに最も適
している。そこに重点を置いたからこそスティープルチェイス盤『フライト・
トゥー・デンマーク』は長年多くのファンに愛され続けてきたのだし、この『キ
ス・オブ・スペイン』も、それに優るとも劣らぬ 傑作に仕上がっているのだ。そ
してここでは、富樫雅彦の研ぎ澄まされたプレイによって他の作品にはない緊張
感が生まれており、そこがまた、このアルバムの魅力をいっそう高めることに
なっている。それにしても、富樫は何と素晴らしいパーカッショニストなのだろ
う!ブラッシュで、そしてマレットで彼が紡いでいくリズムは、スロウ・バラー
ドを生き生きと輝かせ、スリルさえ感じさせてしまう。“バラード・ドラマー”
などという表現はあまり聞いたことがないが、このアルバムでのプレイを聴く
と、「富樫は名バラード・ドラマーだ」と言ってしまいたくなる。それほどまで
に当作品で彼が示す存在感は大きく、彼のドラミングが他のジョーダン盤にはな
い魅力を付け加えている。
 そんな富樫と、彼と最も相性の良いベース奏者井野の生み出す緊張感に満ちた
スロウ・リズムに乗ってジョーダンが紡ぎ出すフレイズは、とても滑らかであり
ながら他のアルバムには見られない力強さと艶を持ち、起伏に富んだストーリー
を織り成していく。演奏に芯がある、あるいは軸がしっかりしているという感
じ。普段のジョーダンはそんなことをあまり聴く者に意識させないのだが、ここ
でははっきりとそれが感じられる。これぞ富樫効果だ。ただ普通に演奏したので
はどうしようもないほど甘くなってしまう(7)がきりっと引き締まった演奏になっ
ているのも富樫効果。ジョーダンと富樫を組ませるという企画の勝利だ。
                              (大村幸則)


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